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【ニューヨーク観光】タイムズスクエアの歴史 年代ごとに読み解く世界の交差点の変遷と魅力

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ニューヨーク・マンハッタンの中心に位置し、「世界の交差点」と呼ばれるタイムズスクエア。そのきらびやかなネオンや巨大ビジョン、そして年越しイベントのカウントダウンボールは、世界中の人々にとってニューヨークの象徴的な光景となっています。けれども、今のような姿になるまでには、さまざまな時代の波を乗り越えてきました。ここでは、タイムズスクエアの歴史を年代ごとに辿りながら、その時代ごとのアメリカ社会や世界の情勢にも触れていきます。

起源 〜ロングエーカー・スクエア時代〜

19世紀の後半、タイムズスクエアのあたりは「ロングエーカー・スクエア」と呼ばれていました。元々は馬車工房や牧草地が広がる地味な場所で、今のような華やかな姿からは想像もつかない静かなエリアでした。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカは産業革命を経て急速な工業化と都市化が進み、ニューヨークも世界有数の大都市へと成長していきました。鉄道網の発達とともにマンハッタンの北側まで都市が広がる中、ロングエーカー・スクエア周辺も次第に賑わいを見せるようになっていきます。

タイムズ社の進出と地名の誕生

1904年、ニューヨーク・タイムズ紙がこのエリアに本社ビルを建設したことで、大きな転機が訪れます。この時、タイムズ紙は本社移転を記念して周辺の改装を進め、また初の大規模な電飾も導入しました。

この年からこの場所は「タイムズスクエア」と呼ばれるようになります。本社ビルの完成とともに、街灯や電気のインフラが整い、劇場やホテルが次々と建設されることで、タイムズスクエアはニューヨークの新たな“メディアの中心地”として注目を集め始めます。

当時のアメリカは、国内外での影響力を強める時代でした。20世紀初頭のアメリカは移民の流入が加速し、大都市の人口も膨らんでいました。世界的には列強による植民地争いが続き、アメリカもその一角としての自信を強めていきます。

電飾とニューイヤーボールの誕生

20世紀に入り、タイムズスクエアはさらに大きな進化を遂げます。1920年代には、世界で初めてのネオンサインや大型電飾広告が次々と登場。夜になれば色とりどりの光で街が包まれるようになり、「眠らない街」として世界的な名声を得ていきます。

1928年には現在まで続く「ニューイヤーズ・イブ・ボールドロップ(年越しカウントダウンボール)」が始まりました。毎年12月31日の夜、ビルの上から巨大なボールがゆっくりと落ちていくこのイベントは、今や世界中で中継される新年の風物詩となりました。

この時代のアメリカは、「狂騒の20年代」と呼ばれる空前の好景気を迎えていましたが、1929年の世界大恐慌によって一気に失速します。世界的にも経済の波乱が広がり、やがて第二次世界大戦へと突き進んでいく激動の時代でした。

繁栄の時代

第二次世界大戦後、タイムズスクエアは再び輝きを取り戻します。戦争景気で潤ったアメリカは、“黄金時代”とも言われる消費社会に突入。タイムズスクエア周辺には映画館や劇場、レストランが建ち並び、広告塔もますます派手さを増していきました。

ブロードウェイの劇場群と交わることで、ここは演劇や音楽、映画などあらゆるエンターテイメントの中心地となります。街は常に活気に満ち、多くの観光客や地元民が集う夢と希望の象徴のような場所となりました。

この時代のアメリカは、世界的な超大国として復興景気に湧き、国内では住宅・自動車・テレビなどの大量消費社会が広がります。冷戦や公民権運動といった社会変革の嵐の中でも、タイムズスクエアは都市の象徴的な存在であり続けました。

衰退と混乱期

しかし、1970年代から80年代にかけて、タイムズスクエアは大きな転換点を迎えます。アメリカ経済が「スタグフレーション」と呼ばれる停滞期に入り、都市部の治安は悪化。

タイムズスクエア周辺も例外ではなく、犯罪やドラッグの蔓延、売春やポルノ産業の進出などで“危険地帯”というイメージが定着してしまいます。
夜のネオンは色あせ、観光客は激減。地元の人々でさえ足早に通り過ぎるような、荒廃と混乱の時代を迎えました。

この頃のアメリカは、オイルショックや経済政策の迷走、社会の分断が進むなど、都市部の多くが再開発の必要性を強く感じていた時期でもあります。

再生と再開発

1990年代、ニューヨーク市と州の強力なリーダーシップのもとで、タイムズスクエアの再生が本格的にスタートします。クリントン政権や市長のマイケル・ブルームバーグなどが推し進めた再開発政策により、違法業者の排除や治安の強化、公共スペースの美化が進みました。

ディズニーやマクドナルドが進出し、巨大なLEDサイネージやテーマ性の強い店舗が次々とオープン。かつての暗いイメージが一新され、再び観光客が戻ってきます。

この時代、アメリカはITバブルで急成長を遂げる一方、21世紀初頭の9.11テロ事件によって安全保障や都市空間の意義が再考されるなど、社会の価値観も大きく変わっていきました。

現代:観光と商業の象徴

21世紀のタイムズスクエアは、もはやニューヨークのみならず世界有数の観光地となりました。デジタル化された超大型広告ビジョン、四季を通じて開催されるイベント、世界各国から訪れる観光客でいつも賑わっています。

年越しのカウントダウンや季節ごとのフェスティバルはもちろん、ストリートパフォーマンスや最新のテクノロジー体験まで、多様な文化が交差し続ける舞台となっています。

リーマンショックやコロナ禍といった社会的な危機にも直面しましたが、そのたびに力強く復活し、現在も新たな都市のあり方を体現する場所であり続けています。

現在の観光地としての見どころ

  • 圧倒的なビジュアル体験:LED広告、デジタル時計、カウントダウンボールなど“光の饗宴”

  • Broadwayとの交差:60以上の劇場が集結し、ミュージカルの中心地。アクセスも良く、公演の聖地

  • 飲食・グッズ・エンタメ:ディズニー店、M&M’sワールド、レストラン、ストリートパフォーマーなど多彩な観光資源

  • イベントの連続性:NYEカウントダウン、ハロウィン・パレード、Times Square Artsなどが行われます。

ブロードウェイと交わるということ

タイムズスクエアがブロードウェイと交差しているというのは、単なる「地理的な交差点」という意味にとどまりません。世界有数の劇場街と隣接していることで、日夜ミュージカルや演劇が繰り広げられ、アーティストや観客が行き交う文化の磁場を生み出しています。

劇場の幕間に広場を歩く人々や、プレミア上映日ににぎわう夜の風景など、まさに「芸術と都市」「創造と商業」がリアルに交わる瞬間が日常的に繰り返されているのです。

広告費歴代No.1は何か

タイムズスクエアの広告費用は世界的にもトップクラス。特に全館LEDや巨大ディスプレイによる広告スペースは、年間数千万円〜数億円規模となることもあります。

歴代でもっとも高額な契約として有名なのは、サムスンのGalaxyやコカ・コーラ、YouTubeなどの広告が挙げられます。カウントダウンイベント時期には契約額がさらに跳ね上がり、単一キャンペーンとしてはギネス級の金額になることも珍しくありません。

登場する有名な映画

タイムズスクエアは数々の映画やドラマにも登場してきました。『スパイダーマン2』では主人公とヒロインのデートシーン、『セックス・アンド・ザ・シティ』では日常のニューヨークの象徴として描かれ、その他にもアクションやラブロマンス、コメディまで、多様なジャンルの名場面がここを舞台にしています。

まさに映画の中のニューヨーク=タイムズスクエア、というイメージを世界中に印象付けてきたのです。

タイムズスクエア VS 世界一の渋谷駅前交差点 比較

タイムズスクエア

  • 平常時:250,000〜300,000人/日が歩行エリアを通過します。最盛期には 400,000人/日に達することも。

  • パンデミック以前:2019年には 360,000人/日に達し、世界的なテーマパークより上回る来訪者数を誇っていました。

  • COVID後回復期:2023年3月時点で 約260,000人/日へ回復傾向。

渋谷スクランブル交差点(東京)

  • 緑信号一回につき:1,000〜3,000人が一斉に渡ります。

  • 平日:約260,000人/日、休日は最大で 390,000〜500,000人/日に達します。

  • 他情報源では 2〜2.4百万/日という数値も。

車の通行量

  • タイムズスクエア:現在は車の通行を制限し、公共交通の利用にシフトしています。ニューヨークでは地下鉄で「タイムズスクエア–42丁目駅」が、2019年時で340,089人/日と非常に混雑。わたしも時々通りますが、タクシーや自家用車でここを通るのは避けたほうがいいです。またバスもこの通りを通過する路線は地図で見るよりも想像以上に時間がかかります。

  • 渋谷交差点:自動車より歩行者重視の交差、一斉歩行(スクランブル方式)で交通車両は一時停止する運用です。

まとめ

タイムズスクエアは、単なるニューヨークの交差点ではなく、アメリカ、そして世界の「都市のダイナミズム」を象徴する特別な場所です。牧草地から始まり、新聞社の本社移転をきっかけにメディアとエンターテインメントの中心地へと発展。電飾広告や年越しのボールドロップ、ブロードウェイとの融合によって、常に時代の先端を歩み続けてきました。

時には犯罪や衰退の暗い時代もありましたが、そのたびに人々の手で生まれ変わり、再び希望と活気を取り戻してきたその歴史は、都市の持つ底力そのものです。

現代のタイムズスクエアは、年間5,000万人以上の人々が訪れる世界屈指の観光名所となり、巨大なLEDビジョンや多彩なエンターテインメント、グローバル企業の広告がひしめき合う“光とエネルギーの劇場”です。経済的なインパクトも絶大で、ニューヨーク全体の活力を牽引しています。

もしニューヨーク観光などでタイムズスクエアを通る際は、この場所に立つだけで、この街のエネルギーと歴史が交差するダイナミズムを肌で感じることができるはずです。

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この記事の著者
Kyoko Bartley

ニュージャージー在住。
幼少期からアメリカの映画やアニメーション、音楽に親しみ、大学ではアメリカ文化を専攻。留学・研究を経て2011年に渡米し、国際結婚、妊娠・出産、現地就職、住宅購入などを通して、外国人としてアメリカ社会で暮らすリアルを経験してきた。

2018年より、在米日本人向けアメリカ生活情報ブログ「なんだろなアメリカ」 を運営。教科書やガイドブックには載らない、実体験にもとづく生活情報や、文化の違いから生まれる「?」を「!」に変える視点を発信している。

また、プリンストンエリアを拠点に画家としても活動し、原画やグッズの制作・販売を行っている。

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