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アメリカの国民の日 Patriot Day 9月11日 内容や由来を紹介

文化

軍事関連、戦没者、政治家、人権関連などアメリカの祝日や祭日には日本とは違ったテーマがありますが、パトリオット・デーは2001年9月11日に起きた同時多発テロの犠牲者を追悼するための国民の日です。

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アメリカの国民の日 Patriot Day 9月11日 内容や由来を紹介

こんにちはー。キョウコ@NandaroAmericaです。

今までこちらの記事など アメリカの祝日&休日一覧&解説 全州共通の Federal Holidayとは

でご紹介してきた通り、アメリカの祝日や休日には愛国心が感じられる、政治家、建国、人権、軍事関係、戦没者などをテーマとした日が多いです。

今回ご紹介するパトリオット・デーは比較的新しく、2002年9月11日が最初に行われた年でした。お休みではないですが、国民の日として制定されています。




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パトリオット・デーとは

Patriot Day(パトリオット・デー)は、アメリカ合衆国で2002年9月11日に制定された国民の日です。お休みではありませんが、全米各地でイベントなどが執り行われます。

2001年の同日に発生したテロ事件(911テロ)を追悼するために設定されたこの日の目的は、国民がテロに対する団結と、犠牲者に対する追悼を表明するための日とされています。

パトリオット・デーにはどんな式典・追悼イベントが開催されるのか

Patriot Dayの式典は、例えば、ニューヨーク市のグラウンド・ゼロでは、犠牲者を追悼するセレモニーが行われます。また、ワシントンD.C.の国立記念墓地でも追悼式典が行われます。その他、各州や市町村でも追悼式典が行われることがあります。

Patriot Dayには、全米各地で追悼式典や祈りの集いが行われます。国旗を掲揚し、黙とうや祈りを捧げる人もいます。さらに、救急隊員、消防士、警察官など、テロ事件で命を落とした人々を称える儀式もあります。

私の住むニュージャージー中部でも、ニューヨークのマンハッタンへは通勤圏であることから、公共施設の図書館やコミュニティセンターなどには地元の犠牲者の追悼の碑があり、至る所で頻繁に目にします。そして、追悼の碑には必ず倒壊したワールド・トレード・センターの鉄骨などが飾られています。




グラウンド・ゼロ

ニューヨーク市のグラウンド・ゼロは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件で、世界貿易センタービルの倒壊によってできたエリアですが、今はこの場所はアメリカ同時多発テロ事件の犠牲者の慰霊のためのメモリアル、博物館、犠牲者の名前が刻まれた2つの巨大な噴水があります。アメリカ同時多発テロ事件以前は、ニューヨーク市のビジネス街として繁栄していた場所でした。

2014年には、グラウンド・ゼロに近接する世界貿易センターの新しい高層ビル「ワン・ワールド・トレード・センター」が完成しました。

グラウンド・ゼロ https://www.911memorial.org/

ツインタワー

現在二つの四角い水辺になっているところは、かつては象徴的なツインタワーがありました。90年代までの映画でよく写っていた風景です。アメリカの経済力とニューヨーク市のシンボルとしてのアイコンだったと言ってもいいでしょう。

2001年冬公開だった当時のスパイダーマンの映画では、このツインタワーのシーンが急遽削除されるなど、テロを受けて様々なところで配慮・変更が行われました。

ツインタワーは1973年に完成。それぞれの建物の高さは、北塔が417メートル、南塔が415メートルで、110階建ての超高層ビルとして世界最高峰でした。アメリカ同時多発テロ事件の日、ビルの上部に飛行機が突入し、ビルは崩壊しました。このテロ攻撃で、2,753人が死亡し、数千人が負傷しました。しかし、犠牲者の数は、救助活動が続く中で増加し、また被災者の身元確認が難しかったため、確定的な数字ではないとされています。




私は2000年の8月から9月の間はニューヨークに研究で行っていまして、2000年の9月11日はワールドトレードセンターにいました。もし研究のスケジュールが1年後だったら、こうやって今アメリカに移住してブログを書いていなかったでしょう。

同時多発テロにより命を失ったすべての犠牲者の方のご冥福をお祈りします。

 

 

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