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【ニューヨーク観光】チャイナタウン Chinatown 歴史とベストレストラン10選

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ニューヨークのチャイナタウン 中華街 看板に漢字が大きく書かれている 旅・ミュージアム
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マンハッタン南部に広がるチャイナタウンは、ニューヨークの中でも最もエネルギッシュで多様性あふれる地区の一つです。

きらびやかな漢字看板が連なるストリート、市場の活気、点心や本格中華、エスニック菓子の香り、伝統と現代が交錯するパワフルな空気。アジアの都市に迷い込んだかのような異国情緒が訪れる人々を魅了します。

100年以上の歴史を持ち、移民の街として発展してきたチャイナタウンは、グルメ、ショッピング、祭りや歴史探訪、フォトスポット巡りなど、多彩な楽しみ方ができる都市の中の中国です。

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  1. ニューヨークのチャイナタウンの歴史とみどころ
    1. 19世紀の中国人排斥法
    2. モットストリート(Mott St.)
      1. 18世紀のモットストリート周辺
      2. コレクターズ・ポンド(Collect Pond)の存在
      3. 町のはずれと貧困層の集住
      4. 犯罪とスラム化
      5. モットストリートの変遷
    3. ペルストリート(Pell St.)
    4. マンハッタン・ブリッジのゲート
      1. 中華門の歴史的背景と設置の意義
      2. ニューヨークのチャイナタウン・ゲートの建築とデザイン
    5. ヒーシュ・テンプル(Hee Sheng Temple)
    6. 香港スーパーマーケット
    7. フェスティバルと旧正月パレード
    8. ストリートマーケット
    9. お土産&雑貨ショップ
  2. ニューヨークのチャイナタウン老舗のレストラン10選
    1. 乔家小馆(Joe’s Shanghai)
    2. 南华茶室(Nom Wah Tea Parlor)
    3. 和合(Wo Hop)
    4. 文华饺子馆(Vanessa’s Dumpling House)
    5. 大旺餐厅(Big Wong Restaurant)
    6. 美丽华饼家(Mei Li Wah Bakery)
    7. 纽约好面家(Great NY Noodle Town)
    8. 合记餐厅(Hop Kee)
    9. 大班饼家(Taipan Bakery)
    10. 新记餐厅(Sing Kee)
  3. ニューヨークにチャイナタウンは複数ある
    1. 57万人の中国系が住むニューヨーク市
    2. アメリカ全体では540万人の中国系
    3. 労働力としての移民
    4. 過酷な労働で亡くなってしまった中国移民
    5. 歴史的意義
    6. 「Chinese Exclusion Act(排華法)」の成立とチャイナタウン
    7. 排華法撤廃後中華系移民は急増
    8. 春節などに見られる米国での文化の定着
    9. 複数のチャイナタウンがあるニューヨークシティ
  4. ニューヨークのチャイナタウンの基本情報
  5. まとめ

ニューヨークのチャイナタウンの歴史とみどころ

チャイナタウンの始まりは19世紀半ば、カリフォルニア・ゴールドラッシュ期にさかのぼります。最初は西海岸から移住してきた中国系移民がマンハッタン南部に集まり、商店やランドリー、レストランを開いたのがきっかけです。

ニューヨークのチャイナタウン 中華街 看板に漢字が大きく書かれている

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19世紀の中国人排斥法

1882年に制定された「中国人排斥法」により、全米の中国系移民は差別や困難に直面しましたが、ニューヨークは比較的自由な雰囲気と多様な民族の共存が進んでいたため、徐々に中国系人口が増加しました。

20世紀前半、チャイナタウンは飲茶文化、漢方薬局、テーラーや市場、寺院などコミュニティ機能を持った街へと発展。冷戦期や文化大革命後には新たな移民が加わり、広東語に加え福建語・北京語・他の中国語系方言も飛び交う多言語コミュニティとなります。

1980年代以降は東南アジア系(ベトナム、マレーシア、タイ)や華僑以外の移民も増え、飲食文化や店舗の多様化が加速しました。映画やドラマ、写真、文学作品の舞台にも選ばれ、「NYのアジア」を象徴する場所に。現在では観光名所としてだけでなく、ローカルの生活・伝統・経済を支える重要な役割を果たしています。

モットストリート(Mott St.)

現在チャイナタウンのメインストリートで、レストラン、点心店、漢方薬局、青果店、雑貨店が並ぶにぎやかな通り。週末は市場のような活気と、ローカルも観光客も入り交じる独特の雰囲気。カラフルなランタンや看板、華やかな正月飾りは写真スポットとしても人気です。

モットストリートは2世紀前は全く違うエリアでした。レオナルド・ディカプリオらの映画「ギャングズ・オブ・ニューヨーク」に登場するのがまさにこのエリアです。

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18世紀のモットストリート周辺

18世紀のニューヨーク市は、まだイギリス植民地時代で、人口は1万人にも満たない小さな港町でした。マンハッタンの街並みは現在とは大きく異なり、南端のバッテリーからカナルストリート(Canal Street)付近までが市街地の中心でした。現在のチャイナタウンにあたるモットストリート一帯は、当時はまだ郊外に近く、開発の手が及んでいない湿地や原野、農地、低湿地帯が広がっていました。

コレクターズ・ポンド(Collect Pond)の存在

特に重要なのが、今のモットストリートやチャイナタウンの北西部に位置した「コレクターズ・ポンド(Collect Pond)」です。これは自然の淡水湖で、マンハッタン島内で最も重要な水源とされていました。18世紀後半まで、周辺には牧草地や小規模な農場、果樹園が点在し、住民は湖や近隣の小川で魚やカメを獲ったり、農作業をして生計を立てていました。

町のはずれと貧困層の集住

この地域は町の端であったため、裕福な市民や行政の中心から遠く、むしろ貧困層や社会の周縁にいる人々が住む場所でもありました。独立戦争前後には、解放された黒人や移民、労働者などが安い土地や住宅を求めて暮らすようになり、多民族・多文化が交錯する空間となっていきます。

犯罪とスラム化

18世紀末から19世紀初頭にかけて、コレクターズ・ポンドの汚染が進み、衛生状態が悪化します。町当局は池を埋め立て、その上に新たな住宅街を建設しますが、土壌のぬかるみや排水の悪さからすぐにスラム化が進行しました。

この一帯はやがて「ファイブ・ポインツ(Five Points)」と呼ばれる全米有数の貧困地区となり、移民、黒人、アイルランド人、ユダヤ人など多様なグループが複雑に混在します。治安が悪く、犯罪やギャング、売春、飲酒店がはびこるエリアとして悪名を轟かせました。

モットストリートの変遷

モットストリート自体も19世紀初頭までその名はなく、細い脇道や畑の区画に過ぎませんでした。中国系移民の本格的な流入が始まるのは19世紀後半からで、それまでこの界隈は「都市の底辺」と見なされる社会的マイノリティの居住地だったのです。

ペルストリート(Pell St.)

短いながらも点心の名店や老舗ヘアサロン、福建料理レストランが密集する通り。夜はネオンサインがきらめき、屋台風のバブルティースタンドや中華カフェが連日盛況。独特の下町情緒と現代的な活気が融合しています。

マンハッタン・ブリッジのゲート

チャイナタウンのランドマークの一つが、マンハッタン・ブリッジのチャイナゲート。伝統的な中国式門構えと現代的な橋のアーチが融合し、異国情緒と都市のエネルギーを感じさせる絶好のフォトスポットです。

チャイナタウン・ゲートは華僑コミュニティの誇りと結束を体現するモニュメントです。多くの都市のチャイナタウンで見られるこの「牌楼(パイロウ)」形式の門は、伝統的な中国建築のデザインを取り入れ、華やかな色彩や装飾が特徴です。

中華門の歴史的背景と設置の意義

実は、ニューヨークのチャイナタウンには長らく「本格的な中華門」がありませんでした。長年、チャイナタウンの象徴といえばモットストリートやペルストリート沿いの漢字看板やランタン、獅子像でしたが、1980年代後半から90年代にかけて、アメリカ国内外の多くのチャイナタウン(サンフランシスコ、フィラデルフィア、ワシントンD.C.、ロサンゼルスなど)で「牌楼」が設置されるようになり、地域振興や観光のランドマークとして機能し始めます。

そして2009年、ついにマンハッタンのチャイナタウンにも本格的な「チャイナタウン・ゲート」が登場します。場所はボウリー通り(Bowery)とダイヤーズストリート(Doyers St.)の交差点近くで、チャイナタウンの北東玄関に位置します。この門はニューヨーク在住の中国系住民団体や、姉妹都市である中国・福建省福州市からの寄付によって建設されました。

ニューヨークのチャイナタウン・ゲートの建築とデザイン

ニューヨークのチャイナタウン・ゲートは、伝統的な中国の宮殿建築様式に基づき、赤い柱と青緑色の瓦、金色の龍や鳳凰、雲紋など縁起の良いモチーフが散りばめられています。門の中央には「中華門」や「華埠門」などの金字が掲げられ、両脇には漢詩や吉祥文様の彫刻が施されています。

この建築様式は「三間三楼牌楼」と呼ばれるもので、中国南方の伝統的な門を模しており、色彩のコントラストと装飾美が際立っています。特に屋根の反り上がりや柱の龍彫刻、梁や斗拱(とこう)の精巧なデザインは、中国文化の精神性と地域アイデンティティの表現です。

ヒーシュ・テンプル(Hee Sheng Temple)

漢方薬局やショップが並ぶなかにひっそりと佇む寺院。赤や金色の装飾、線香の香り、仏像や龍の彫刻が神聖な雰囲気を醸し出しています。地元住民の祈りや儀式にもふれられる、スピリチュアルな場所です。

香港スーパーマーケット

チャイナタウン随一の大型アジア系スーパーマーケット。新鮮な野菜、果物、魚介類、中華調味料や点心、菓子、日用品まで何でも揃い、地元民や料理好きの観光客に重宝されています。

フェスティバルと旧正月パレード

チャイナタウン最大のイベントが旧正月(春節)のパレード。獅子舞や龍舞、爆竹、民族音楽、カラフルな山車が街を練り歩き、NY中から観光客が集まります。秋のムーンフェスティバル(中秋節)、夏のナイトマーケットなども盛大に開催され、伝統文化と現代の楽しみが共存しています。

ストリートマーケット

金曜日や週末には青果・魚介・精肉などのストリートマーケットが開かれ、安くて新鮮な食材が手に入ります。ローカル気分を味わいたい人には絶好のスポットです。

お土産&雑貨ショップ

漢方薬、茶葉、骨董品、書道グッズ、パンダグッズ、チャイナドレス、手描きの扇子などユニークな雑貨が豊富。値切り交渉も含めてショッピングを楽しめます。

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ニューヨークのチャイナタウン老舗のレストラン10選

乔家小馆(Joe’s Shanghai)

世界的に有名な小籠包の専門店。濃厚なスープと薄皮の小籠包は、観光客も地元民も行列を作る人気ぶり。炒飯や麺料理も本格的で幅広いメニューが楽しめます。

南华茶室(Nom Wah Tea Parlor)

1920年創業のニューヨーク最古の点心専門店。ワンタンや叉焼包、エッグタルトなど、昔ながらの飲茶をレトロな店内で味わえます。

和合(Wo Hop)

1938年創業、地下に本店があるカジュアルな広東料理の老舗。ローストダックやチャーハン、各種麺類が人気で、深夜まで営業しているため夜食にもぴったりです。

文华饺子馆(Vanessa’s Dumpling House)

焼き餃子や水餃子、小籠包が手頃な価格で楽しめるお店。小さな店舗ながら、地元の人々にも愛されています。

大旺餐厅(Big Wong Restaurant)

チャーシューやローストダック、ワンタン麺などが看板メニューのカジュアルなレストラン。気軽に立ち寄れる雰囲気も魅力です。

美丽华饼家(Mei Li Wah Bakery)

叉焼包、エッグタルト、蒸しパンなど点心系ベーカリーの代表格。朝から多くの常連客で賑わっています。

纽约好面家(Great NY Noodle Town)

海老ワンタン麺や炒飯、チャーシューなど麺類とご飯ものが自慢の老舗。夜遅くまで営業しているので夜食にもおすすめです。

合记餐厅(Hop Kee)

1968年創業。広東料理を中心としたクラシックな中華が楽しめます。塩胡椒チキンウィングや海鮮料理なども人気です。

大班饼家(Taipan Bakery)

点心やエッグタルト、バブルティーなど、軽食とスイーツが充実した人気ベーカリー。テイクアウトにも最適です。

新记餐厅(Sing Kee)

新鮮なシーフードやカニチャーハン、海老ワンタンなど、家庭的な味を楽しめるレストラン。家族連れにも大人気です。

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ニューヨークにチャイナタウンは複数ある

ニューヨーク市には世界的にも有名なチャイナタウンが複数存在し、中華系アメリカ人のコミュニティはきわめて大きな影響力を持っています。この記事で取り扱っているのはマンハッタンの南に位置するチャイナタウンです。

57万人の中国系が住むニューヨーク市

2020年の国勢調査(U.S. Census)によると、ニューヨーク市にはおよそ57万人の中華系住民が暮らしており、これはアジア系人口の約40%、市全体の人口の約6%にあたります。市内にはマンハッタンのチャイナタウン、ブルックリンのサンセットパーク、クイーンズのフラッシングなど、中華系住民が密集するエリアが点在し、それぞれが独自の文化圏を築いています。

アメリカ全体では540万人の中国系

一方、アメリカ全体を見渡すと、中華系アメリカ人の人口は2020年時点で約540万人に達しており、これはアジア系アメリカ人全体で最も大きな民族集団です。州別ではカリフォルニア州が圧倒的に多く、約170万人が暮らしています。続いてニューヨーク州、テキサス州、ニュージャージー州、イリノイ州など、都市部を中心に大規模な中華系コミュニティが発達しています。

では、なぜこれほどまでに中華系アメリカ人が全米に根付き、ニューヨークをはじめとする大都市で確固たる存在感を放つようになったのでしょうか。その歴史は19世紀半ばにさかのぼります。

労働力としての移民

1848年、カリフォルニアでゴールドラッシュが始まると、多くの中国人が「金山」と呼ばれたアメリカへと夢を抱き渡米しました。彼らの多くは中国南部(主に広東省)出身で、家族や親族とともにサンフランシスコなど西海岸都市に上陸します。「カンブリック(金山客)」と呼ばれた彼らは、初めは鉱山労働に従事し、のちに鉄道建設や農業、サービス業へと進出していきました。

1860年代、アメリカでは大陸横断鉄道(Transcontinental Railroad)の建設が国家的プロジェクトとして進められました。カリフォルニアから内陸部へ向かうセントラル・パシフィック鉄道は、当初アイルランド系の移民労働者を使っていましたが、作業の困難さと労働力不足から、1865年以降は中国人労働者を大量に雇い入れるようになります。

過酷な労働で亡くなってしまった中国移民

このとき中国南部、主に広東省からやってきた中国人は、最盛期には1万人以上が従事していたといわれています。彼らは山岳地帯の爆破、トンネル掘削、雪崩の危険、極寒や灼熱のなか、非常に過酷な条件下で働きました。

一説には、数千人の中国人労働者が命を落としたとも言われます。正確な数は分かりませんが、「枕木の数だけ死者がいる」という言葉もあり、犠牲の大きさを象徴する記憶のメタファーとなりました。

中国語では「每一根枕木下都有中国工人的白骨」、「一根枕木一条命」などとも言われ、これは「1本の枕木の下に1人分の中国人の白骨が埋まっている」、「1本の枕木ごとに1つの命が失われた」と訳されます。

歴史的意義

この言葉が広まった背景には、当時のアメリカ社会で中国人労働者の労苦や犠牲が長いあいだ正当に評価されず、名前も記録も残らなかった悔しさや無念さ、そして後世への記憶の継承への願いがあります。

実際、鉄道完成後も中国人労働者への差別や排斥は続きましたが、近年では彼らの功績や犠牲がアメリカ社会で再評価され、記念碑や資料館、慰霊祭なども行われています。

「Chinese Exclusion Act(排華法)」の成立とチャイナタウン

しかし話を19世紀末に戻すと、アジア系移民への偏見や差別感情は次第に強まり、1882年にはアメリカ史上初の人種に基づく移民排斥法である「Chinese Exclusion Act(排華法)」が成立します。以降60年以上にわたり、中国人移民は新規入国や市民権取得が厳しく制限され、多くがチャイナタウンなど限られたコミュニティ内で暮らすしかありませんでした。

排華法の時代、すでにアメリカに根付いていた中国人たちは、言語や文化の違い、就業機会の制限を乗り越えるため、相互扶助組織(同郷会、秘密結社、ファミリー組織)を発展させました。これらの組織は経済的支援や医療、教育、法律的援助を提供し、アメリカ社会で孤立しがちな中国人同士を結びつける重要な役割を果たしました。また、飲食業やランドリー業など、「華僑ビジネス」と呼ばれる独自の自助経済圏を築き、都市部のチャイナタウンは経済的にも文化的にも自立した地域社会として発展していきました。

排華法撤廃後中華系移民は急増

1943年に排華法は撤廃されますが、本格的な移民の解禁は1965年の移民法改正(移民国籍法)以降となります。これにより、中国本土、香港、台湾、東南アジア各地から新たな中国系移民が急増し、チャイナタウンは再び活気を取り戻すとともに、多様化が進みました。新世代の中華系アメリカ人は都市のダウンタウンだけでなく、郊外や新興住宅地にもコミュニティを広げていきます。

現代の中華系アメリカ人は、飲食業をはじめ、小売業、サービス業、医療、法律、教育、IT、金融、芸術など幅広い分野で活躍しています。とくにニューヨーク市では、伝統的な中華料理店やベーカリー、スーパーマーケットに加え、モダンなカフェ、アートギャラリー、スタートアップ企業など新しいビジネスも増えています。科学者、医師、大学教授、エンジニア、起業家、作家、芸術家、政治家など、知識層やプロフェッショナル層の活躍も目立つようになりました。

春節などに見られる米国での文化の定着

また、彼らは文化的なアイデンティティの継承にも力を入れています。旧正月や中秋節などの伝統的な祝祭行事、ライオンダンス、ドラゴンダンス、パレード、書道教室、武術、語学学校などが地域社会の中心となり、中華文化を地域や次世代に伝える活動が盛んです。ニューヨークのチャイナタウンでは、春節パレードやランタンフェスティバルといったイベントが大規模に開催され、多文化都市ニューヨークの象徴ともなっています。

複数のチャイナタウンがあるニューヨークシティ

さらに、ニューヨークのチャイナタウンは一つだけではなく、マンハッタンのモットストリート周辺に始まり、ブルックリンのサンセットパーク、クイーンズのフラッシングなど、複数の「ニュー・チャイナタウン」が誕生しています。それぞれに特色があり、福建省や広東省、台湾、東南アジアなど、出身地によって街並みやレストラン、話される中国語も異なります。

アメリカ全体を見れば、カリフォルニアのサンフランシスコ、ロサンゼルス、サンノゼなど西海岸の都市が最も中華系人口が多く、次いでニューヨークやヒューストン、シカゴ、ボストン、フィラデルフィア、シアトルなど、大都市の多くに規模の大きな中華系コミュニティがあります。

ニューヨーク マンハッタンからブルックリンブリッジを眺める

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ニューヨークのチャイナタウンの基本情報

  • 所在地
    Chinatown, Manhattan, New York, NY
    (主にCanal St.を中心に、Mott St.、Mulberry St.、Bayard St.など周辺一帯)

  • アクセス
    地下鉄J・Z線「Canal St」駅、6線「Canal St」駅、B・D線「Grand St」駅、F線「East Broadway」駅ほか
    市バスM15系統や観光バス、徒歩・自転車でもアクセスしやすいロケーション

  • 営業時間
    街全体は終日散策可能
    レストランやカフェは午前10時~22時頃(点心やベーカリーは早朝営業も)
    マーケットやショップは店舗により異なるが10時~19時が一般的
    旧正月やフェスティバル時は夜間も賑わう

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まとめ

チャイナタウンは、ニューヨークにいながらアジアの息吹と多民族都市のダイナミズムを体験できる貴重な場所です。点心や本格中華、バブルティー、アジアンスイーツなど食の楽しみはもちろん、活気あふれるマーケットや雑貨ショッピング、寺院巡り、伝統文化の祭りや現代アート、マッサージ体験まで、1日では回りきれないほどの多彩な魅力が詰まっています。

100年以上の歴史と、今も進化し続ける多文化の融合――チャイナタウンとNYのエネルギーを、ぜひ現地で体感してください。

旅・ミュージアム
この記事の著者
Kyoko Bartley

ニュージャージー在住。
幼少期からアメリカの映画やアニメーション、音楽に親しみ、大学ではアメリカ文化を専攻。留学・研究を経て2011年に渡米し、国際結婚、妊娠・出産、現地就職、住宅購入などを通して、外国人としてアメリカ社会で暮らすリアルを経験してきた。

2018年より、在米日本人向けアメリカ生活情報ブログ「なんだろなアメリカ」 を運営。教科書やガイドブックには載らない、実体験にもとづく生活情報や、文化の違いから生まれる「?」を「!」に変える視点を発信している。

また、プリンストンエリアを拠点に画家としても活動し、原画やグッズの制作・販売を行っている。

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