私はライターや母である以前にかなりのオタクなんですが、何オタクかと言うと、映像技術というかなり限定された分野の、です。そして個人的にはウォルト・ディズニーの大ファンでもあります。
私は長年の夢であったディズニースタジオ来訪を大学時代に叶えました。それに伴い、当然ながら、かなりの努力がありました。夢や希望がある方は、「どうやって叶えるか」の一例として読んでいただけたら嬉しいです。
夢は勝手に叶うんじゃなくて「自分で叶える目標」だと言う経験談をします
こんにちは。在米アメリカ文化ライターのキョウコ@NandaroAmericaです。
人生の中で、何かを成し遂げるには、まず「目標」を持っていることが大事です。
今回は私が幼少からアラサーになって留学を決意するまでの長い期間に、ずっと人生の中でのモチベーションとなっていた憧れ、そして強引に叶え、またさらに繋いでいく話をします。
私がかつて若い頃体験したディズニーの偉い人たちとの遭遇、そして大学生の頃「夢を強引に叶えた」お話をします。
ディズニーマニア以外はなんでこんなに管理人が感極まっているのか、面白くもなんともないかもしれません。(笑)
夢=目標であって、夢見ているだけだと叶いようがない
現在「将来は何になりたい」とか、「将来はどんなことを成し遂げたい」という目標がある方。
あなたの夢はなんですか
「夢見ること」は楽しいですね。
「夢」には制約も、制限もないので、どんな人でも、どんな状況でも、「夢見ること」はできます。
しかし、厳し言い方をすれば「夢見ること」はあなたの勝手です。
何もしなければ叶いません。
しかし、私はあなたの夢を語ることをやめろとか、夢を見ることをやめろと言っているわけではありません。
むしろ、この記事全体を通して、たくさんの夢から叶えられそうなものを選んで実行すれば叶うので、努力をすべきと言おうとしております。
せっかくここまで読んでくれてるから、最後まで読んでちょ。結論だけ読んでもわからん作りなので、全部読んでちょ。
「夢を叶えたい」のであれば、それ相応の行動と努力をしなければならない、と経験上思っております。
あなたには夢がありますか?
叶えたいですか?
叶えるための行動を起こしていますか?
夢を叶えられる人というのはどんな気づきがあるのか
私は、「夢を叶えられる人」は世の中のごくわずかで、「夢が叶わなかった」と嘆く人は「その夢はもともと夢だった」ことに気づかなかった人たちだと思っています。
また、中にはどう頑張っても叶わない夢もあるので、いくつか夢を用意しておいて、叶わない夢があったとしても嘆かないことも大事だと思っています。
「夢」という聞こえのいい言葉の持つトラップとは
私は、夢という言葉は日本語では妄想とか、空想とか、寝てるときに見るビジョンとか、「実体のないもの」と、自分の掲げる「将来の希望」という実現可能なもの二つがごっちゃになってしまっている、使い方に大変気をつけたい、聞こえはいいが危険もはらんでいるトラップ要素満点のデンジャラスワードだと解釈しています。
夢見ることは楽しいし、いいこと。
反対に、「夢をちゃんとした目標として叶えるにはどうすればいいのか」という現実味はぼかしてしまう、魔法の言葉。
ドリームもマジックも聞こえはいい。うん。
美しい日本語&外来語。
言葉に騙されてはいけない。若者よ。
現実逃避をするためのワードであってはいけない、「夢」。
夢を叶えるタイプの人がやっていることとは
はい。我々はそれぞれ「夢」を持っていても、日々の学校のタスク、ノルマに追い込まれ、なかなか自分個人の目標達成に費やす時間は持ち合わせていません。
夢を実現可能な目標として掲げている人は
ということで、夢夢言っても実現している人は、以下のことを成し遂げていると感じます。
- 夢を目標として現実的に見据えている
- 目標を達成するために何をしなければいけないかを分析、整理している
- 目標を達成するためにまた細かなハードルとゴールを設定している
- 日々努力を積み重ねている
- 自分に必要なことからやる
我々は日々の生活の中でかなりの時間の制約や、拘束があります。
しかしながら、どんな分野でも成し遂げている人はいるものです。そんな人たちはおそらく、早いうちから以上のことに気づいて、黙って、密かに取り組んでこられた方達なのではと私は睨んでおります。
夢を叶えるためには多少のリスクや非難も恐れない
自分に必要なことからやる、というのは、ある程度のリスクを伴っても気にしない度胸。自分をしっかり持っていればなんとかなるであろうという信念です。
例えば、もう、日本史なんかやっている時間はないのでその時間を英語とか美術とか(私の場合ね)に費やす、という判断を若い時からできるか、ということ。
親にも、教師にも叱られ、悪い成績をつけられ、質の悪い教師からは「努力していない」「真面目さが足りない」など言われる恐れがあります。
自分に必要なことから攻めていく
しかしですね、その教師などの罵倒をまともに聞くことをせず、自分で「これは先に高めておくべきこと」、「これは今現在やっている暇がない」など優先順位を自分で決め、攻めて行きます。
すると、「お前はなぜ日本史をやらないんだ」「なんで高校生にもなって征夷大将軍がなんであるか答えられないのか、お前は馬鹿か」と言った親や教師からのプレッシャーがそれはとんでもない強さでのしかかってきます。
自分の好きなことを追求する人間は日本では生きにくい
それでも「今はそれは自分に必要がないから」「日本史の成績が今悪くても、高校の成績に影響があるだけでしょ」と納得させ、自分の言い分を正当化しながらもグレずに淡々と目標を叶えるための努力を続けられる芯の強さが必要になります。
なお、アメリカでは色々な成功者は「好きなことを伸ばす」ことに社会、教育機関が大変賛同的で、むしろサポートしてくるので、得意なもの、好きなものが伸びやすい環境と言えると思います。
アメリカで言う「成熟した個を持つ」、「何をやるべきかわかっている」人間はアメリカに来ちゃえばいい
はっきり言って、日本で私のような感覚で大学に入るまで教師と親の期待に背いて淡々と生きるのはなかなか辛いです。まずコミュニケーションがちゃんと取れない人間なのかと思われたり、バカかと思われたり(まあ、バカなんだけど)、日本風の考えを持っている人間には理解されません。
私はおかげさまで自分の野望を叶えるために必要でない教科はほとんど勉強しなかったのですが、専門分野の中に入り込んでしまってから、時間があるとき必要な際においおい独学しましたので、結果オーライでした。
おいでよ、自由の国アメリカ
もしこの記事を読んで納得してくださっている方がいて、ご自分の夢の一部に「海外」が関連していれば、日本を出て、留学なりワーホリなり、就職なり、日本を出てしまうのもいい選択だと思います。
海外で簡単にあなたのやっていることを理解をされなくても、少なくとも、日本みたいなプレッシャーや、足を引っ張る環境はありません。
あなた一人のソロ戦でいられるのでとても気持ちが楽です。アメリカでこの感覚を体験すると、「アメリカは本当に自由の国なんだ。なんてすばらしい!」と思うと思います。水がない環境で育って、水のありがたさを知る、みたいな。ギャップがいいんです。
ちなみに、アメリカではその環境を当たり前と勘違いしている方は大勢いて「自由とやりたい放題と無責任を混同しているバカ」はわんさかいます。そう言う方とは袖擦りあっても、自分からは近づかないほうがいいです。気をつけましょう。
幼い頃から夢を追う人間はやはりアメリカを選んだ(私の場合ね)
私は現在アラフォーですが、小学生の終わりの頃にはかなりのディズニーマニアでして、映画(映像)の技術に魅了されたNerdでした。
後ほど、ここの管理人は何を一体若い頃からコツコツとやっていたんだろうと言う話もします。
筆者の自己紹介やバックグラウンド、スペックに触れている記事はこちらです。
ーなんだろな アメリカ管理人の自己紹介ー
アメリカ生活ー渡米8年目!やっぱり学歴と収入が欲しいと強く思うわけ
アメリカ留学 ー長い道のり&煩雑な留学手続きを体験談と共に詳しく解説!ー
なんだろなアメリカライター紹介ー執筆のお仕事ご依頼はこちらをご覧ください
幼い頃何を夢見ていたか
私の幼少の頃からの夢は結構色々あって、
- 絵描き
- おはなしを書く人
- 英語が喋れるようになる
- 博士(なんの?)
- アメリカに住む(みんな楽しそうだから)
- ロボットとか人を助けるものを作る人になる
- ロボットになりたい(?)
- 映画を作る人になる(自分が描いたお話や絵の映画を見せたいから)
など、あっちこっちに向いてましたね。
なお、「お医者さん」とか「宇宙飛行士」とか、「パイロット」とかも小さい時は夢見たことがありますが、自分のレベルじゃ無理ってわかってやめましたね。
(なんらかの)博士
博士はバック・トゥ・ザ・フューチャーのドクとか、御茶ノ水博士とかそういうのをかっこいいと思っていたので、その影響ですね…。親にシュバイツァーとかキュリー夫人とかの本を買ってもらってもそんなにピンとこなかったのは、タイムマシンが出てこないとか、そういう理由だったと思います。(レベルが…)
大学生になって、初めてきちんと海外の小説を読むようになって、H.G. ウェルズとかアシモフとかフィリップ・K・ディックとかの本を読んで、こういう話を書ける人は千里眼でも持ってるのかと思いを馳せたことがあります。(思いの馳せかたがおかしい)
ロボット
ロボットになりたい、というのはもう、サイバネティックスすぎてなんかよくわかんないですけど、SF映画とかガンダムとか戦隊モノを近所の男の子とテレビで見て、かっこいいと思っている節がありました。近所の子が男の子が多かった。
完全なロボットになれた人というのは私はダフト・パンクくらいしかいないんですが、現在の世の中を見ると、ウェアラブルとか、脳とか目とかに色々埋め込む、ペットのチップとか、技術的には可能ですが、ハイやりたいです、とは思わないです。怖くてピアスの穴さえ開けられない人間なので。
母の教育方針
今眺めて見ると、全体的に「女の子」っぽくないんですが、これは私の母の教育方針の賜物。
彼女は、性別でどうこうじゃなくて「人間なら全部できたらいいね」(それも壮大)という発想があるので、男女関係なく、裁縫、料理、掃除は当たり前、それから食べていくための職業をちゃんとね、という人です。
なので、私が「ロボットになりたい」とか言っても「キョウコちゃんは女の子だからダメ」とか一切言われなかったですね。これはありがたかった。女の子でも男の子でもアイス屋さんになればいいし、お洋服も好きなのを着ればいいし、という母です。
ただ「タイムマシンはどうやって作るの」を毎日猛烈に聞いた際は、彼女が教科書として使っていた相対性理論の本をポンと渡されました。子育ての辛さよ。
80年代の刺激が強かった幼少期
「映画を作る人になる」
なぜそんな分野にハマったかというと、幼少の頃に年単位で自宅療養しなければならない時期がありました。
家ですることは限られてはいましたが、自分の好きな分野の勉強や、ものづくりをたっぷり楽しめた幸せな期間でもありました。
その間にディズニーランド(東京)がオープンしたり、それに合わせてディズニーという人がなした偉業などの特集を盛んにテレビでやっていたので、そんな情報ばっかりが刺激的で、ある意味激しい刷り込みをされた(笑)のです。
テレビの時間が結構制限されていた(子供だからね)ので、そこで吸収してしまう濃さはすごかったのかもしれません。
映画製作に手作り感があった80年代
80年代というのは今では考えられないほど「映画」が「夢を作り出す」商売だったのです。ジム・ヘンソンやルーカスフィルムなど、ハリウッドの大きな工房では手作業で職人が「映像という芸術」を手作りしている感がありました。
今では特撮部門は全てデジタルハイテク技術に置き換わっているかと思いますが、当時、私は粘土をこねながら、絵を描きながら、映画を作ってるつもりで楽しく自分の空想の時間を楽しんだものです。
ちなみにCGを多用したことで大成功した革命的な「ジュラシック・パーク」が93年ですから、80年代は面白い時代だったと思います。実際面白かったんだけど。まだまだフィルム使ってたし、現像なんてのも普通にありました。
はい、ケータイや写メやデジカメやスマフォなんてないので、写真はカメラで撮ってもその場ですぐに見られるものではなかったのです。その分写真というものを撮る際は、目や手先の職人的な技や、イマジネーションを活性化させて最大限挑んでいた感じですね。(笑)
ディズニー社と筆者の絆、夢を叶えた話をします
そんな私はもちろん映像技術の発明家・パイオニア、そして映像そのものの魔術師・ストーリーテラーであるウォルト・ディズニーを崇拝しまくっていました。
かなり大きくなるまで、ずっとです。(今も、多分これからも、ずっとです。笑)
これは小さい時の刷り込みが自分の中で宗教化してる節がありますね。盲目的に崇めているわけではもちろんないんだけど、存在が大きいのです。とにかく。
でも、小さい時からこういう歴史上の偉人とか、何かいいことをした人を知っているというのは良いお手本として大事だと思います。
魔法の国で偉い人(国王)に謁見した
ある日、中学生になった頃に東京湾沿いの某夢と魔法の王国付近でディズニー映画祭が開催され、オーケストラ演奏と映画本編の実験的上映が1日限りで行われたことがあります。
これは別分野同士のコラボで、技術の上限(演奏とアニメーション)オリンピックのようなレベルで、試みも結果も素晴らしかった。
そこで、ディズニー社会長のアイズナー氏、社長のカッツェンバーグ氏、そして、ロイ・E・ディズニー(ウォルトの兄の息子=甥)氏、ジョディ・ベンソンさん(アリエルの声)などなどにお会いしました。
特に約束してあったのではなくて、いきなり突っ込んで行ったら相手をしていただけた形です。(笑)当時はおおらかだったし、子供だから許されたのかもしれません。
ちなみに、さらに数年後、カッツエンバーグさんがドリームワークスで活躍するようになってからスピルバーグ監督のE.T.とジョン・ウィリアムスの音楽を生演奏でシンクロさせて上映する試みもされたようなので、これはカッツェンバーグさんの映画に対する職人意識の真骨頂なのかもしれません。
国王たちに野望を伝えた
国王たちが目の前にいること自体が私にとっては長年の夢がすでに叶ってしまった感があるのですが、拙い英語で
「映画を作ることしか考えていないんです。技術を磨いていつか絶対にディズニースタジオに行きます。」
と伝えました。
みなさん笑顔で、背中にサインをしてくださいました。ロイさんは特に子供に寛容な印象の方で、「待っているよ」と言ってくださいました。
おそらく、世界中にこういう子供は大勢いて、行く先々で応対をされていたと思います。ですが、私にとっては人生でおそらく5本の指に入る幸せな時で、今でも辛いことがあればその情景を思い浮かべては前進しよう、と思えます。
若い時から尊敬する人物に会うなどの刺激はあったほうがいい
影響力のある言葉、人との出会いは若いときにあったほうがいいと思っています。
その後、手紙を出したりしてD社とは交流が続きました。
はい、東京ディズニーランドはみんなの夢が叶う場所です!(笑)
ちなみに、アリエルのジョディさんは本当に綺麗で、髪の毛もアリエルみたいな印象で、こんなに綺麗な人っているんだなとびっくりしましたね。(舞台女優さんですからね)
数年間夢を叶える努力をした
さて、時は過ぎて、私は大学生になり、夢うつつながらも、さらに輪をかけてテクノギークな人間になっていました。
中学生から大学生はたったの数年間なのですが、本人にとってはかなりの年月で、私はその間人生最高の辛い努力をしたと感じています。
成績はなんでも良いほうがいいのは当たり前なんですが、先に知りたいこと、成人するまでにやっておかなければならないことが多すぎて手が回りませんでした。
結果、先ほども言った、中学、高校の教師たちの辛い「お前は努力が足りない」という言葉のオンパレードですね。
努力すること≠辛いことだけど、学校の成績うんぬんの親と教師の目が自分の評価になってしまう学校生活をどう無視してひたすら乗り切るかが、辛かったです。
西海岸の大学のオファーを断った
そんな感じで高校生の頃は淡々と自分の必要なことを先にやってたのですが、すでにアメリカアメリカ思っていて、日本に嫌気がさしていましたね。
いつかアメリカに行くぞという目標の一部に感情もかなり入っていて、意固地になっていました。
さらに辛かったのは、高校の最後の年にアメリカの大学からオファーがありましたが、親に反対されて行くことができなかったこと。反対というか、説得も無理だったというか。
当時生活力がまだない私は、自力ではどうにも留学まではできないと悟りました。諦めではないけれど、西海岸の大学を断ったことはとても精神的に来ましたね。
今考えると、おそらく親の同意書を持って、とにかくアメリカに来てしまえば、後から奨学金などは見つかったと思っています。チャンスはなるべく捨ててはいけません。
自由な大学生になったらアメリカへ行けるチャンスが来た
その後日本の大学に入ってからは、アメリカ文化、映像技術、テクノロジーと人間の行動心理などに興味を持っていた私は、それを全部ひっくるめた個人研究をしていました。
テクノロジーが文化にもたらす影響をアメリカのメディア会社はどう捉えているかについて、日々米国企業などに問い合わせをしていました。新技術がどう視聴者の行動や心理、文化を変えるかに疑問を持っていたんです。
こういう研究の需要は現在、サンフランシスコなんかで最もあるでしょうね。西海岸の大学のことは数年間ずっと引きずっていました。
西海岸への執着を叶えた
この時点で自分で気づいていたのは、映像分野で仕事をするんでも、アニメーションだけにこだわらず、全般の技術屋になりたいと漠然と思っていました。
そして、大学在学中に意地でも西海岸に研修に行かなくては納得できないと思っていました。
日本ではどうにも研究のための資料やサポート、取材などができる場所がないので、個人研修向け奨学金に応募したりしました。結果として大学生の間に西海岸は2度行き、その成果の論文は大学内向けに2本書きました。
本当にディズニースタジオに行った!
大学の個人研修のお金がもらえ、研修先などの連携やアポイントメントなどを詰めて行くうちに、某名誉教授の研究に便乗してディズニースタジオなどハリウッドの企業や工房の大ツアーに同行することができました。
某先生は当時の日本のメディア学の第一人者で「ジャパニメーション」などの言葉を作られ、日本のアニメーション産業を海外にアピールしてビジネスの土台を作られた巨人です。本当にお世話になりました。
ディズニーの副社長さんの案内のもと、某先生とアニメーション部やアーカイブなどをツアーをしました。私は社長さんやアーカイブ長のデイブ・スミスさんに自分がどんな経路で今ここに立っているかを説明しました。
頂いた言葉は一生の宝
「幼い時からの憧れで、映像に興味があって、研究をし始めたら、全ての技術において最高峰のディズニー社をこうやって訪問することができた。実は幼いときにロイさんたちにお会いして、絶対にディズニースタジオに行きたいと話したことがあった。私は前が見えない道を歩んでいたつもりはないけれど、到着点が最も尊敬するウォルトが築いたここだったことは本当にラッキーで、今だに信じられないです。」
私は20歳そこそこなので感極まって涙ぐんでしまっています。
彼らからいただいたお返事(聞き取れてないところもあるので大雑把)は凄くて、
「これを到着点にするのではなくて、さらに高みを追求して、続けなさい。そして、またここに戻ってくるための道をたくさん作ってね。」
という内容のありがたいお言葉もいただきました。
さすがの懐の深い、そして温かい言葉。
こういう言葉を初めて会う人間にかけられる人物だからこそ、ディズニー社はイメージを失わないでいられるんだろうと感じました。
目指すなら高みを、そしてできる限りの努力と集中を
ウォルトはもちろん影響力の大きな人間だったけれど、それをきちんと消化して、DNAにしてまた人に影響を与え続ける側であれる人間。
そこまでにならないと、ディズニー社では務まらないのかもしれないね。アメリカでの最高峰を見ました。
この日に交換した名刺は今でも宝物で、眺めるたびにまた連絡できる日を楽しみにできるアイテムでもあります。
その後私は数ヶ月アメリカで個人研究のためのリサーチやインタビューなどを毎日し続けたんだけど、こういう自分にとってかなりのショック(いい意味での)な出来事があると、その日の記憶がいつまで経っても本当に色あせることなく、時々スマフォで動画を見てるような映像のクオリティで思い出すことがあります。
夢を叶えるのは自分。支えるのは強い意志と憧れ
私の「夢」はまだまだ続きます。おそらく、もし70、80まで生きられるんだったら人生のいろいろなステージで、また違った夢が出てくると思います。
辛いことばかりでは折れてしまうので
今回ここで紹介した私の「夢」の一つを叶えるに当たって、苦労や忍耐がまるっきりなかったわけではありませんが、必ずしも耐え忍ぶ辛さが必要とは思いません。
辛いことや抑圧や恐ればかりだと、モチベーションは下がり、憧れは失せ、目的意識も薄れてしまって、夢はただの妄想や現実逃避の材料だけに成り下がってしまいます。
意思を強く持つにはアメリカ流の「個」の考え方を
モチベーションを長期戦に備えて維持するためには、あなた自身を強く持つことが大事です。あなたの目標は誰にも奪えません。
あなたが目標に向かって行動することは、アメリカ流で言えば、「あなたの責任で、あなたの勝手」です。同時にそれは、アメリカで言う、他人には奪えない、「あなたの自由」です。
このことを心に、ぜひ堂々と努力をしてください。自分の目標を守ってください。
努力は孤独で、長い作業かもしれませんが、それはあなたの人間性を磨く、美しいものです。
日本ではあまりにも「個」の尊重がないために、他人からの評価や枠の中に押し込めようとする外部の力が精神的にも作用し、自分をおろそかにしがちです。
日本の社会でアメリカのように考えて生きることは難しいとは思いますが、私は個人的には、日本にいるからといって日本独特の因習に従って生きることは必要ないと考えています。
自分に不必要だと思うものは切ってしまう強さも必要です。
夢を諦めないように、目標として維持できる何かを常に持とう
今現在夢を追って日々進んでいらっしゃるみなさん、もし辛いことがあったら、尊敬する人に思い切って連絡をしてみてはいかがかと思います。著者でも、教授でも、アーティストでも、ダメでもともとで、です。
あなたの夢はなんですか?
夢は放っておいても勝手に叶うものでもないし、運や才能だけに頼るものでもありません。
叶えるためにあなたが費やすエネルギーは、目に見えなくても、達成までの道のりを進む唯一の燃料です。
ぜひ、継続することを楽しんで、目標を達成してください。
いつか叶う、のではなく、叶える、のです。
今日の英語 effort=努力 motivation=モチベーション
まとめ
それでは、最後まで読んでくださりありがとうございました!またお会いしましょう。
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